大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成4年(行ウ)11号 判決

原告

株式会社坂本工業

右代表者代表取締役

坂本博太

右訴訟代理人弁護士

森竹彦

右訴訟復代理人弁護士

三ツ角直正

被告

宗像市長

滝口凡夫

右訴訟代理人弁護士

國府敏男

山田敦生

主文

一  被告が平成四年四月二〇日付けで原告に対してなした原告の産業廃棄物処理施設設置計画に対する廃止勧告処分が無効であることを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が平成三年三月一八日宗像市環境保全条例(平成二年宗像市条例第三三号。以下「旧条例」という。)八条一項に基づき被告に対してした特定事業場協議届出書の提出について、被告が平成四年四月二〇日付けで宗像市環境保全条例の全部を改正する条例(平成三年宗像市条例第二一号。以下「新条例」という。)八条に基づき行った右協議届出書に係る産業廃棄物処理施設設置計画の廃止勧告処分(以下「本件処分」という。)の無効確認を求める事案である。

一争いのない事実

1  原告は、産業廃棄物処理業等を目的とする株式会社であり、被告は、福岡県北部に位置する普通地方公共団体である宗像市の市長である。

2  宗像市は、平成二年一二月二五日、宗像市内全域において、産業廃棄物処理業を行う工場及び事業場(特定事業場)の設置を原則的に禁止し、被告が事前協議等の手続を経て環境保全上支障がないと認めたものについてはその例外とするなどの規制を内容とする旧条例を制定して同日施行し、さらに、平成三年六月一九日、規則で定める産業廃棄物処理施設(以下「条例上の産業廃棄物処理施設」という。)の設置又はその構造若しくは規模の変更(以下「設置等」という。)について、これをしようとする者の届出とその届出をした者に対するその届出に係る計画の変更若しくは廃止を被告が指導又は勧告できるなどの規制を内容とする新条例を制定して同日施行した。

3  原告が福岡県宗像市大字村山田字長裏六八六番地に建設を計画していた産業廃棄物である木くず、紙くずを焼却するための専焼炉(以下「本件焼却炉」いう。)は、平成三年法律第九五号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)一二条五項二号、廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(平成四年政令第二一八号による改正前)七条に規定する産業廃棄物処理施設(以下、「法上の産業廃棄物処理施設」という。)に当たらないから、右処理施設の設置等につき同法一五条の規定する都道府県知事への届出の対象となるものではなく、大気汚染防止法六条一項に基づくばい煙発生施設設置届でもって足りるものであり、原告が福岡県に対してした右届出は、平成三年四月一二日受理された。しかし、旧条例が制定施行された結果、本件焼却炉は、被告が旧条例九条一項の協議手続を経て環境保全上支障がないと認めたもの以外はその設置が禁止される特定事業場に該当することとなったため(旧条例七条)、原告は、被告に対し、平成三年三月一八日、旧条例八条一項に基づき、特定事業場協議届出書を提出し、本件焼却炉の設置許可を求めた。

4  その後、新条例が制定施行されたことにより、本件焼却炉は、その設置につき市長への届出を要する条例上の産業廃棄物処理施設に該当することになり(新条例七条一項)、新条例附則二項により、原告が旧条例に基づいてした右特定事業場協議届出書の提出は新条例七条一項による届出書の提出とみなされることになった。

5  被告は、平成四年四月二〇日、原告に対し、新条例八条に基づき、本件焼却炉設置計画の廃止勧告処分たる本件処分を行った。

二争点

原告は、本件処分の根拠規定である新条例七条及び八条は、①国の機関委任事務について条例による規制を及ぼす違法無効なものであり、②自然環境保全法に違反する違法無効なものであり、③廃棄物処理法に違反する違法無効なものであり、④大気汚染防止法に違反する違法無効なものであり、⑤憲法二二条によって保障された営業の自由を侵害する違憲無効なものであり、⑥財産権を保障する憲法二九条に違反する違憲無効なものであり、⑦憲法三一条が保障する明確性の原則や適正手続に違反する違憲無効なものであるから、被告が新条例八条に基づいてした本件処分は無効である旨主張して、本件処分の無効確認を求める。

1  国の機関委任事務との関係

(原告の主張)

国の都道府県知事に対する機関委任事務について市町村が条例を制定することは、憲法九四条、地方自治法一四条一項により許されない。ところで、産業廃棄物の処理に関する事務が、本来的に産業活動と直結する問題として全国的規模で一律に考える必要のある国家的な関心事であることから、地方自治法一四八条一項、二項、別表三(二〇の二)は、法上の産業廃棄物処理施設の設置等を含めた産業廃棄物に関する事務を国の都道府県知事に対する機関委任事務として規定している。したがって、かかる国の都道府県知事に対する機関委任事務について規制を及ぼすことを内容とする新条例は、憲法九四条、地方自治法一四条一項に違反する。

(被告の主張)

産業廃棄物に関する事務をすべて国の機関委任事務として都道府県知事に処理させる旨の一般的な規定は、地方自治法にも廃棄物処理法にも存在しない。また、都道府県知事の管理し執行すべき事務は、地方自治法別表第三(二〇の二)に個別的に列挙されているところである。そうすると、廃棄物処理法による規制の対象とされていない事柄は条例で規制可能な事務領域であると解すべきであるから、同法による規制の対象外である事項についての規制を定めた新条例七条及び八条の規定は、いわゆる横出し規制の一つとして憲法九四条及び地方自治法一四条一項の許容するところである。

2  自然環境保全法との関係

(原告の主張)

自然環境保全法は、地域の自然環境の保全のための規制手段として、環境庁長官によって指定される原生自然環境保全地域及び自然環境保全地域、都道府県の条例によって指定される都道府県自然環境保全地域の各制度を設けて、法上及び条例上の産業廃棄物処理施設を含む工作物の新築、改築及び増築を禁止する地域の設定手続を規定している。このうち、都道府県自然環境保全地域について、同法四六条は、都道府県が、条例によって、国の指定する自然環境保全地域に関する国の規制の範囲内において必要な規制を行い得る旨規定している。そこで、右規定の趣旨からすれば、同法は、地方公共団体が地域の自然環境の保全という観点から条例で規制を行うことができる場合を、都道府県が国の規制の範囲内において同法四六条に基づく条例を制定して行う場合に限定しているものと解すべきである。しかるに、都道府県の条例ではない新条例七条及び八条は、自然環境の保全を目的として一般的に産業廃棄物の処理施設の設置等を禁止するものであり、自然環境保全法に基づく自然環境保全地域における制限と同等の制限を設けるものであるから、同法にも抵触する違憲な条例である。

(被告の主張)

自然環境保全法は、基本法的部分である総則においては、自然環境保全の一般法であることを明らかにしているが、実施法的部分である各則においては、原生自然環境保全地域、自然環境保全地域、都道府県自然環境保全地域の各制度を設けて、主として原生の状態を維持するなど自然性の高い地域、学術的価値を有する自然物、稀少かつ貴重な自然物、脆弱かつ再生困難な自然物等を含む自然を保存する内容となっているのに対し、新条例は、同法の実施法的部分と同様の自然環境保全地域を独自に指定するものではなく、同法九条に規定する地方公共団体の責務をより明確にして、自然環境保全地域の指定とは異なる方法によって自然環境の保全や公害の防止、事業者と市民との紛争の防止等を図るもので、同法の実施法的部分とは規制対象が異なるから、新条例は、自然環境保全法に抵触しない。

3  廃棄物処理法との関係

(原告の主張)

産業廃棄物の処理に関する事務は国家的な関心事であり、その性格上全国一律に扱われるべき事項として国法上規定されていることからみて、廃棄物処理法は、法上の産業廃棄物処理施設としての規制の対象とされていない産業廃棄物の処理施設(以下「規制外処理施設」という。)の設置等については、これを規制せずに放置する趣旨であると解すべきである。しかるに、新条例七条及び八条は、法上の産業廃棄物処理施設に該当しない本件焼却炉を含む規制外処理施設の設置等について、許可制をもって規制を及ぼすものであるから、廃棄物処理法の趣旨に抵触し、憲法九四条に違反する違憲な条例である。

また、新条例における「紛争の予防」という目的は、形式的に掲げられているだけであって、内実を伴ったものではない。仮に、新条例に右の目的があるとしても、新条例七条及び八条、ひいてはこれらに基づく本件処分が、適切な産業廃棄物の処理という廃棄物処理法の目的、効果を阻害して、同法に抵触していることは明らかである。

(被告の主張)

廃棄物処理法は、規制外処理施設の設置等について、いかなる規制をも施すことなく放置すべきものであるとしているとは到底解されず、特に条例をもって規制することを禁止する旨の明文の規定を置いていないこと、同法が公害関係法の一つであることからすれば、大気汚染防止法、水質汚濁防止法、騒音規制法等と同様に、地方公共団体による各地域の実情に適したきめ細かい規制がなされる必要があり、廃棄物処理法全体からみても全国一律に同一内容の規制を施す趣旨であるとは解し難く、同法一五条、同法施行令七条は、全国的な最低基準を示すものと解するのが相当であること、平成三年法律第九五号による改正後の廃棄物の処理及び清掃に関する法律はその規制の対象とする産業廃棄物の処理施設の範囲を拡大し、その結果、廃棄物処理法上は規制外処理施設であった本件焼却炉も右規制の対象となる処理施設に該当することになったが、その規制を受けることになった経緯は、規制外処理施設の設置等について、廃棄物処理法がこれを何ら規制せずに放置する趣旨ではなかったと解される証左であること、以上の点からすれば、廃棄物処理法は、規制外処理施設の設置等について、全国一律に同一内容の規制を施す趣旨でなく、各地方公共団体において、各地域の実情に応じた別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるから、右趣旨に従って規制外処理施設の設置等につき同法と異なった規制を及ぼす新条例七条及び八条は、何ら同法及び憲法九四条に違反するものではない。

また、新条例には、「紛争の予防」という廃棄物処理法にはない目的が含まれており、同法とは異なる目的に基づく規律をも意図したものであるところ、同法は、規制外処理施設の設置等について、いかなる規制をも施すことなく放置する趣旨であるとは解されず、他方、新条例七条及び八条は、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制方法として届出制を採用し、一定の場合に右届出に係る計画の変更若しくは廃止の指導又は勧告を行うことによって、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等をめぐる紛争の予防を図ろうとするものであるから、新条例七条及び八条の適用によって廃棄物処理法の意図する目的と効果を何ら阻害するものではない。したがって、新条例は、同法及び憲法九四条に違反しない。

4  大気汚染防止法との関係

(原告の主張)

本件処分がなされた平成四年四月二〇日当時、原告が予定していた本件焼却炉を設置するには、大気汚染防止法六条による届出だけで十分であった。しかるに、新条例は、これを実質的許可制にした上、廃止勧告に従わない場合には刑事罰まで設けて同法と異なる取扱いを強制している。しかし、同法において、市町村に条例制定権が認められるのはばい煙発生処理施設という特定の種類の施設のばい煙以外の物質の大気中への排出という特定の事項についてだけであるから、本件焼却炉のような施設の設置そのものに対して新条例でもって制限を加えることは許されない。

(被告の主張)

新条例は、「市域の自然的・社会的条件に応じた自然環境の保全」を図り、かつ「事業者と市民との間の紛争を予防」するために制定されたものであって、大気汚染だけを問題にしているものではない。

5  営業の自由の侵害

(原告の主張)

原告は、本来、大気汚染防止法六条一項に従って届出をすれば自由に本件焼却炉を設置できるはずであるのに、新条例は、右設置を阻害し、原告の産業廃棄物処理業者としての営業の自由を侵害するものであるから、新条例は、憲法二二条の営業の自由の保障に違反する違憲な条例である。

(被告の主張)

営業の自由は公共の福祉のためにある程度制限されることはやむを得ないところであり、新条例による規制は、環境保全という公共の福祉のためにやむを得ない規制として憲法二二条の許容するところである。

6  財産権侵害

(原告の主張)

原告は本件焼却炉を設置する敷地を所有しているところ、新条例は、本件焼却炉の設置を規制し、原告の土地所有権を不当に規制するものであり、その規制手段の合理性を欠くものであるから、財産権を保障する憲法二九条一項に違反する違憲な条例である。

(被告の主張)

財産権の保障は公共の福祉のためにある程度制限されることはやむを得ないところであり、新条例による規制は、環境保全という公共の福祉のためにやむを得ない規制として憲法二九条一項の許容するところである。

7  明確性の原則及び適正手続違反

(原告の主張)

構成要件は、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的な場合に当該行為がその適用を受けるかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れる程度(最高裁大法廷昭和五〇年九月一〇日判決、刑集二九巻八号四八九頁参照)に明確に規定されなければならない。しかるに、新条例八条に規定する「自然環境の保全又は紛争の予防を図るための措置が必要であると認めるとき」という文言は、右のような明確性を備えておらず、いかなる場合に条例上の産業廃棄物処理施設の設置等が許可になり、あるいは不許可になるのかが一般人では到底理解できず、被告の恣意的な判断を許すものであるから、新条例八条は、憲法三一条が保障する明確性の原則に違反する。

また、公権力が法律、条例に基づいて一定の措置を採る場合には、その措置によって不利益を被る者には告知・聴聞の機会を与えなければならないところ、新条例には右機会を与える規定が存在せず、しかも、本件焼却炉設置計画の廃止勧告処分である本件処分がなされる手続過程において原告に対して右機会は全く与えられなかった。この意味で、新条例は、適正手続を保障した憲法三一条に違反する。

(被告の主張)

原告の引用する徳島市公安条例事件の最高裁判決は、「交通秩序を維持すること」という基準を不明確ではないと判断しており、新条例における「自然環境の保全又は紛争の予防を図るための措置が必要であると認めるとき」という文言も、右「交通秩序を維持すること」と同程度ないしそれ以上に具体性を有すると解される以上、明確性の原則に反するものではない。

また、憲法三一条は、本来、刑事手続に適用されるものであり、行政手続に適用されるものではないから、本件には適用がない。仮に、本件に適用があるとしても、新条例七条一項に基づき条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に関して被告への届出がされた場合、被告において「必要と認めるとき」は宗像市環境保全審議会に対して意見を求めることができ(同条二項)、この審議会への意見聴取に際して、被告及び右審議会は「必要と認めるとき」には関係者から意見を聞くことができる旨規定されており(新条例一八条)、ここに「必要と認めるとき」とは、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等について疑義が生じ、紛争となる可能性がある場合をいうと解されるから、新条例においても憲法三一条の保障する告知・聴聞の機会は十分に保障されているのである。また、本件において、実際上も、被告は、原告に対し、再三にわたり資料要求を行い、その際に、技術上、運用上の疑問点に対する質問等がなされ、原告にはその回答という形式で意見を述べる機会が与えられていたのであるから、告知・聴聞の機会が与えられなかったという原告の主張もまた失当である。

第三争点に対する判断

一〈書証番号略〉、証人成松欽嗣及び同藤本喜隆の各証言並びに前記争いのない事実を総合すると、次の事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。

1  旧条例制定の経緯

(一) 原告は、宗像市大字村山田字長裏地内に存する三つのため池を産業廃棄物の安定型最終処分場として埋め立てていたが、埋め立てがほぼ終了した右ため池のひとつに、木くず、紙くず、繊維くず、動植物性残渣、廃プラスチック類、廃油、汚泥及び医療廃棄物の八種類の産業廃棄物を焼却するための焼却炉を設置することを計画していた。ところが、平成二年五月ころ、この計画が宗像市民の知るところとなるや、右焼却炉建設予定地が、人口約一万四〇〇〇人の居住する日の里団地に近い上、宗像市民の飲料水の水源である釣川の上流に当たることから、右焼却炉から排出される有毒ガスや焼却灰等によって大気や右河川が汚染されるのではないかとの危惧感が宗像市民、殊に日の里団地周辺住民に募り、右住民の間から右焼却炉建設に反対する声が上がった。そして、同年六月三〇日、一万一〇〇〇人の署名を添えて右焼却炉に反対する旨の請願書が福岡県議会に提出されたり、同年一一月七日には日の里団地の住民ら約五〇〇人が福岡県庁を訪れ、右焼却炉設置を認めないように陳情するとともに、同庁前で集会を開くなどの反対運動が行われた。そして、右市民の声に呼応して宗像市議会も、同年六月一四日、「産業廃棄物焼却施設建設計画反対に関する決議」や福岡県知事宛の「産業廃棄物焼却炉施設建設に反対する意見書」を提出する旨の各議案を可決して右意見書を奥田八二福岡県知事(以下「奥田知事」という。)に送付するなど、右市民と一体になって右焼却炉設置に対する反対運動を繰り広げていった。

(二) 右住民らの陳情等に対する福岡県の対応に不満を感じていた宗像市議会議員成松欽嗣(以下「成松議員」という。)を中心とする同議会議員らは、右焼却炉建設計画を封じるために宗像市独自の条例案の作成に取り掛かり、三重県津市や福岡県宗像郡福間町等で制定されている水道水源保護条例等を参考にして検討作業を進め、同年一二月一七日、「宗像市水道水源保護条例」案を同議会の一二月定例議会に提案し、右案は同議会の社会常任委員会に付託された。しかし、同委員会では水道水源の保護だけでは不十分であるとの見地から更に検討を加え、同月二〇日、右委員会のメンバーでもある成松議員は、同議会において、右「宗像市水道水源保護条例」案を撤回した上で旧条例案を提案し、旧条例案は、審議の上同月二五日に可決され、同日施行された。なお、この旧条例の作成、審議の過程において、上位法との抵触の有無に関しては議論がされたものの、地方自治法一四八条一項、二項、別表三(二〇の二)により産業廃棄物に関する一定の事務がいわゆる機関委任事務とされていることについての検討や条例制定の可否について関係諸官庁への問い合わせなどは行われないまま、結局、旧条例の制定は許されるとの結論の下に可決されるに至った。また、旧条例一三条一項に規定されている宗像市環境保全審議会の設置や旧条例の施行規則等の細則の制定は、旧条例制定施行後も、結局、行われなかった。

2  新条例制定の経緯

(一) 宗像市の担当者は、平成三年二月ころから、被告の指示を受けて、旧条例と法体系との整合性の諸問題を解消するとともに、事業者と市民の紛争の予防という、条例の趣旨をより一層明確にすることを目的として、静岡県富士宮市の環境条例や東京都練馬区の紛争予防条例等を参考にしたり、福岡県地方課や整備課との間の協議を重ねながら旧条例の改正作業を始めた。この改正作業の過程では、前記機関委任事務との関係については特に検討されなかったが、上位法との整合性については、上位法と目的を異にすれば条例の制定は可能であるとの見地に立ち、新条例案と廃棄物処理法との関係につき、同法は一般廃棄物及び産業廃棄物をどのように処理するのかという法律であるのに対し、新条例は地域の環境をどう保全していくのかという条例であり、この点で両者はその目的を異にするから、廃棄物処理法と新条例は抵触しないという解釈のもとに改正作業が進められ、また、自然環境保全法との関係については充分検討されなかった。

(二) 新条例案は、第四三号議案として、平成三年六月三日に開催された宗像市議会に提案され、被告から、関係法体系との整合性に絡む諸問題を解消するとともに、事業者と市民との間の紛争を予防するなど、条例の本旨をより一層明確にするため旧条例を改正するものである旨の提案理由の説明があり、同月一一日に開催された同議会では、成松議員から、旧条例制定当時は、法律や県の条例の不備をついて本件焼却炉が設置されそうな切迫した情勢にあったため、法との整合性に欠けるとか拙速に過ぎるなどの批判があったものの、本件焼却炉の設置を阻む緊急避難的な措置として旧条例を制定したが、旧条例は逐次改められるべきであるから旧条例を改正する新条例案の提案に基本的に賛同する旨の発言があった。その後、同月一一日及び同月一八日の二日間にわたって質疑応答等が行われた後、新条例案は、同月一八日に開催された同議会において可決され、翌一九日に公布、施行された。なお、その後、新条例施行規則(平成三年宗像市規則第一三号)は、公布、施行されたが、新条例八条に規定されている変更若しくは廃止の指導又は勧告を行うための要件の認定についての運用基準等は、その後今日に至るまで一切作成されていない。

3  本件処分の経緯

原告は、当初、前記1(一)の八種類の産業廃棄物を焼却する焼却炉の設置を計画していたが、宗像市民や同市の反対運動に遭って、その計画を木くず、紙くずの専焼炉に変更し、平成三年三月一八日、旧条例八条に基づき、被告に対して、本件焼却炉の設計図、設備設計仕様書、廃棄物焼却炉運転管理要領書、焼却炉燃焼計算書、水冷塔水量計算書、煙突排ガス計算書、廃棄物焼却炉燃焼排ガス拡散濃度予測計算書を添付した特定事業場協議届出書(〈書証番号略〉)を提出し、本件焼却炉の設置計画の届出を行った。また、同年四月一二日、原告の奥田知事に対する大気汚染防止法六条一項に基づくばい煙発生施設の届出が受理され、原告は、被告に対して、木くず、紙くずの排出先を明らかにする書面を提出した。しかし、同年五月三〇日被告から原告に対する資料提出要求がなされ、原告は、同年六月五日に追加資料を提出したが、同年七月六日被告から原告に対してなされた再度の資料提出要求に対しては応じなかったため、被告から同年八月二八日までに提出を要求する旨の督促がなされ、同日追加資料を提出した。しかし、その後も、同年一二月二日被告から原告に対する資料要求がなされ、同月二〇日原告から同年七月六日の質問事項未回答分に対する回答として資料が提出されたが、平成四年一月三一日被告から原告に対する同様の資料要求がなされたのに対し、同年二月一七日原告から宗像市環境保全審議会委員の発言等を問題とする書面(〈書証番号略〉)が提出された。そして、同年四月二〇日、被告は、前記協議届出書の受理書(〈書証番号略〉)を発行するとともに、本件焼却炉の計画につき、その計画の改善等がなされなかったことを理由として、原告に対し、本件処分を行った。

なお、新条例施行後、開発関係については約三〇件、廃水関係については一二件、地下水採取については九件の届出がなされており、被告から指導等を受けているものもあるが、計画の廃止勧告を受けたのは原告のみである。

以上の事実が認められる。

二そこで、前記各争点につき判断する前に、新条例の目的について検討する。

旧条例一条は、「この条例は、公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二号)第五条に基づき、公害の防止に関する施策を定めることにより、市民の健康を保護するとともに、生活の環境を保全することを目的とする」と規定しているものの、旧条例による規制の対象となる特定事業場としては産業廃棄物処理業を行う工場及び事業場のみを規定し(旧条例二条(5))、「市長が同条例九条一項の手続を経て、環境保全上支障がないと認めたもの」以外は原則として右特定事業場の設置を禁じている(旧条例七条)。そこで、これらの規定と前記一1(一)及び(二)において認定した旧条例制定の経緯を併せ考えれば、旧条例は、産業廃棄物の焼却が行われることに伴って排出されるばい煙や焼却灰等による公害を防止して市民の健康を保護し、生活環境を保全する目的に出たものと認められる。

これに対し、新条例一条は、「この条例は、市域の自然的・社会的諸条件に応じた自然環境の保全の基本となる事項及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争を予防するための事項を定め、もって現在及び将来の市民の健康で文化的な生活の確保に努めることを目的とする」と規定し、自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争の予防を新条例による規制の目的として掲げており、また、規制の対象事項についても、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等にとどまらず、釣川水系水域における事業活動、地下水の採取、調整区域内における開発行為に及んでいる。もっとも、前記一2(一)及び(二)において認定した新条例制定の経緯によれば、新条例は、法体系との整合性の問題を解消するとともに事業者と市民の間の紛争の予防といった条例の趣旨をより一層明確にすることを目的として旧条例を改正して成立したものであり、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制を主目的としている点において旧条例と異なるところはないということができ、また、右規制の内容をみても、旧条例に比して規制方法に多少の変化が見られるものの、著しい変化があるとは認めることができない。そうすると、結局、条例の一般的・抽象的法規範としての性格をも併せ考えれば、新条例は、自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争の予防を目的とするものであり、この観点から自然環境への影響及び紛争の発生のおそれのある行為を規制の対象とし、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制をもその一環として位置付けているものと解するのが相当である。

三まず、争点①の機関委任事務との関係について判断する。

1  原告は、地方自治法一四三条一項及び二項、別表第三(二〇の二)において法上の産業廃棄物処理施設の設置等の届出に係る計画の変更又は廃止を命じる事務等が都道府県知事に対する国の機関委任事務とされていることから、右事務につき市が条例をもって規制することは許されず、したがって、右事務について規制を行う新条例七条及び八条は違法である旨主張する。

2  しかし、地方自治法二条三項七号には、地方公共団体の自治事務として、「清掃、消毒、美化、公害の防止、風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の環境の整備保全、保健衛生及び風俗のじゅん化に関する事務」が規定されており、産業廃棄物の処理に関する事務は右自治事務の範囲に包含されるものと解される上、廃棄物処理法一〇条二項には「市町村は、単独又は共同して、一般廃棄物とあわせて処理することができる産業廃棄物その他市町村が処理することが必要であると認める産業廃棄物の処理をその事務として行うことができる」と規定されているところからすれば、産業廃棄物の処理に関する事務がおよそ市町村において処理することの許されない国の専管事務であるとの実定法上の根拠は存しないものというべきである。そうであるとすれば、市町村が条例を制定することにより産業廃棄物の処理施設の設置等に対する規制を行い得るか否かは、結局、法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制を定めた廃棄物処理法の規定が、市町村において条例を制定することにより同法の定める規制とは異なった規制を施すことを許容する趣旨のものか否かという、同法の解釈問題に帰着するものというべきであり、同法による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制事務が国の機関委任事務として規定されていることから、直ちに、右事務につき市町村が条例をもって規制することがおよそ許されなくなるものではないというべきである。

のみならず、新条例による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制は、自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争の予防を目的とするものであって、後述のとおり、廃棄物処理法による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制とはそもそもその規制目的を異にすると解される上、市町村が自然環境保全の目的から産業廃棄物の処理施設の設置等に対する規制を行うこと自体は、自然環境保全法の許容するところと解する余地があるのであるから、廃棄物処理法による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制事務が国の機関委任事務として規定されていることをもって新条例七条及び八条が違法であるとする原告の前記主張は、右の点からしても失当というべきであり、採用することができない。

四次に、新条例の自然環境の保全という目的に関連して、争点②の自然環境保全法との関係について判断する。

1  原告は、新条例七条及び八条は、自然環境の保全を目的として産業廃棄物の処理施設の設置等を禁止するものであり、自然環境保全法に基づく自然環境保全地域における制限と同等の制限を設けるものであるから、同法に違反するとともに、憲法九四条に反する違憲な条例である旨主張する。

2  そこで、まず、自然環境保全法及び新条例の各目的について検討するに、自然環境保全法一条は、「自然環境の保全の基本理念その他自然環境の保全に関し基本となる事項を定めるとともに、自然公園法その他の自然環境の保全を目的とする法律と相まって、自然環境の適正な保全を総合的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与することを目的とする」と規定して、自然環境の保全に関する基本法的性格を有することを明らかにするとともに、自然公園法その他の自然環境の保全を目的とする法律と相まって、自然環境の適正な保全を総合的に推進することを目的としている(同法一条)のに対し、新条例は、自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争の予防を目的とする旨規定している(新条例一条)。したがって、両者は、いずれも自然環境の保全を目的とし、自然環境の保全の観点からの規制について定めるものであって、同一の目的に出たものであると認めるのが相当である。

3  次に、両者の規制の対象、規制の内容について検討する。

まず、自然環境保全法が定める自然環境の保全のための具体的な規制措置をみるに、同法は、第三章において原生自然環境保全地域に関する規制を、第四章において自然環境保全地域に関する規制を、第六章において都道府県自然環境保全地域に関する規制をそれぞれ規定している。すなわち、原生自然環境保全地域については、環境庁長官は、その区域における自然環境が人の活動によって影響を受けることなく原生の状態を維持しており、かつ、政令で定める面積以上の面積を有する土地の区域であって、国又は地方公共団体が所有するもの(森林法二五条一項の規定により指定された保安林の区域を除く。)のうち、当該自然環境を保全することが特に必要なものを原生自然環境保全地域として指定することができるとし(同法一四条一項)、指定を受けた地域では、環境庁長官が学術研究その他公益上の事由により特に必要と認めて許可した場合又は非常災害のために必要な応急措置として行う場合を除き、建築物その他の工作物を新築し、改築し、又は増築することや鉱物を掘採し、又は土石を採取することなどの一定の行為を禁じている(同法一七条一項)。次に、自然環境保全地域については、環境庁長官は、原生自然環境保全地域以外の区域で、高山性植生又は亜高山性植生が相当部分を占める森林又は草原の区域でその面積が政令で定める面積以上のもの、すぐれた天然林が相当部分を占める森林の区域でその面積が政令で定める面積以上のものなど、一定の区域を自然環境保全地域として指定できるものとし(同法二二条一項)、自然環境保全地域のうち特別地区に指定(同法二五条一項)された地域においては、同法一七条一項一号から五号までに掲げる行為、木竹を伐採することなどの行為をするには環境庁長官の許可を要するものとし(同法二五条四項)、特別地区内で野生動植物保護地区に指定(同法二六条一項)された地域においては、同条三項各号に定める場合を除いて、野生動植物の捕獲等が禁じられており(同条三項)、自然環境保全地域のうち海中特別地区に指定(同法二七条一項)された地域においては、同条三項ただし書に定める場合を除いて、工作物を新築し、改築し、又は増築すること、海底の形質を変更することなどの行為をするには環境庁長官の許可を要するものとし(同条三項)、自然環境保全地域内で特別地区及び海中特別地区のいずれにも指定されていない普通地区においては、総理府令で定める基準をこえる建築物その他の工作物を新築し、改築し、又は増築することなどの行為を行うには環境庁長官にその旨を届け出なければならないと定めている(同法二八条一項)。さらに、都道府県自然環境保全地域については、都道府県は、条例で定めるところにより、その区域における自然環境が自然環境保全地域に準ずる土地の区域で、その区域の周辺の自然的社会的諸条件から見て当該自然環境を保全することが特に必要なものを、都道府県自然環境保全地域に指定し(同法四五条一項)、第四章(自然環境保全地域)第二節(保全)の規定による規制の範囲内で、必要な規制を定めることができることになっている(同法四六条一項)。このように、自然環境保全法において規定されている自然環境の保全のための規制措置は、原生自然環境保全地域や自然環境保全地域といった一定の地域を指定し、その地域内において建築物の新築、増改築、土地の形質の変更、鉱物の掘採、土石の採取、木竹の伐採等の行為を行うことを一律に禁じ、その解除に許可制又は届出制をもってするなどの規制を加えるというものであって、自然環境の保全を目的とした一種の公用制限を定めるものというべきである。そして、これらの規制措置は、第一次的には国(環境庁長官)が行うものとされ、地方公共団体においては、その区域における自然環境が自然環境保全地域に準ずる土地の区域で、その区域の周辺の自然的社会的諸条件から見て当該自然環境を保全することが特に必要な場合にのみ、都道府県が、条例をもって地域指定を行い、自然環境保全地域の特別地区又は普通地区におけると同様の規制を施すことができるものとされている。したがって、自然環境保全法における自然環境保全地域についての右判示のような規制の性格及び具体的態様からすれば、市町村が条例をもって自然環境保全地域の特別地区又は普通地区における規制に準じた規制を自然環境保全の目的から行うことは、同法の趣旨に反して許されないものというべきであろう。

しかしながら、他方で、自然環境保全法九条は、「地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、国の施策に準じ、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて自然環境を適正に保全するための施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する」と規定しているのであり、同法の自然環境の保全に関する基本法的性格からすれば、同法は、自然環境保全地域の特別地区や普通地区における規制に準じた規制を除き、それ以外の自然環境保全の目的からする規制を市町村を含む地方公共団体が行うことについては、それが法令に違反しない限り、必ずしも否定する趣旨ではないと解するのが相当である。

そこで新条例が定める規制をみると、前述のとおり、新条例は、規制の及ぶ地域を新条例が適用される宗像市の全域とした上、その規制対象を条例上の産業廃棄物処理施設の設置等、釣川水系水域における事業活動、地下水の採取、調整区域内における一定の開発行為に限定して自然環境の保全等の観点からの規制を及ぼすものである。したがって、新条例が定める規制は、一定の地域を指定した上で、自然環境の保全等の観点から右指定地域内に存在する私権に対して一律に建築物の新築・増改築及び土地の形質の変更等を禁止するといった強力な制限を加えることを内容とする自然環境保全法の自然環境保全地域に関する規制とは、その規制の態様、性質を異にするというべきである。

4  そうであるとすれば、新条例による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制が自然環境保全法が定める自然環境保全地域等の規制とその規制目的を同じくするものであるとしても、新条例は、その規制態様や性質に照らして、自然環境保全法に抵触するものではないと解する余地も十分あるように思われ、直ちに同法に違反し違法であるとまで断定することはできないものというべきである。

五さらに、争点③の新条例七条及び八条と廃棄物処理法との関係について判断する。

1  まず、原告は、産業廃棄物の処理に関する事務は国家的な関心事であり、その性格上全国一律に扱われるべき事項として国法上規定されていることからみて、廃棄物処理法は、規制外処理施設の設置等について、これを規制せずに放置する趣旨であると解すべきであり、法上の産業廃棄物処理施設として規制の対象とされていない本件焼却炉の設置を規制する新条例七条及び八条は、同法に抵触する旨主張する。

2  ところで、廃棄物処理法一条は、「この法律は、廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とする」と規定し、廃棄物を一般廃棄物(第二章)と産業廃棄物(第三章)とに区分した上で、その処理、廃棄物処理業者及び廃棄物処理施設に関する規定を設けている。すなわち、一般廃棄物の処理については、その処理を市町村の固有事務とし(同法六条)、一般廃棄物処理業を当該市町村の長の許可制としている(同法七条一項)のに対し、一般廃棄物処理施設の設置等についてのみは、これを国の機関委任事務として都道府県知事(保健所を設置する市にあっては、市長とする。以下同じ。)の権限としている(同法八条一項。地方自治法一四八条一項、二項、別表第三(二〇の二)参照)。他方、産業廃棄物については、事業者による処理の原則(同法一〇条一項)のもとに、その処理計画の策定(同法一一条一項、二項)、産業廃棄物処理業の許可(同法一四条)、産業廃棄物処理施設の設置等(同法一五条)をすべて国の機関委任事務として都道府県知事の権限としている。このように、廃棄物処理法は、一般廃棄物と産業廃棄物とを区分し、それぞれについて異なった規制の仕組みを採用しながら、その処理施設に対する規制については、いずれもこれを国の機関委任事務として規定しているのである。

そこで、これを前提に廃棄物処理法における法上の産業廃棄物処理施設に対する規制目的について検討すると、同法一五条は、一般に産業廃棄物の処理施設を通じて、「廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図る」という同法一条の法目的の実現に資することを前提に、法上の産業廃棄物処理施設の設置等を届出制(同法一五条一項)とした上、同施設の構造又は維持管理が厚生省令ないし総理府令に規定する技術上の基準に適合していないときには、同施設の設置等の計画の変更若しくは廃止又は当該施設の改善若しくは使用の停止を命じる権限を国の機関としての都道府県知事の権限として規定したものと解するのが相当である(同法一五条二項、四項。なお、右技術上の基準については、平成四年厚生省令第四六号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則一二条、一二条の二ないし四参照)。また、その処理が市町村の固有事務として規定されている一般廃棄物の場合においても、その処理施設については、産業廃棄物の場合と同様の権限が国の機関委任事務として規定されている趣旨からすれば、同法は、一般廃棄物、産業廃棄物を通じて、廃棄物処理施設自体のもたらす生活環境の悪化の側面に鑑み、右処理施設による廃棄物の処理を通じての生活環境の保全及び公衆衛生の向上という同法の法目的の実現との調整を国家的見地から行うのが適当であるとの判断のもとに、その処理施設の届出等に関する事務を国の機関委任事務として規定したものというべきである。

3  これに対して、新条例の目的は、前判示のとおり、自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争を予防することであり、新条例七条及び八条は、右の目的から、条例上の産業廃棄物処理施設による産業廃棄物の処理に伴って排出されるばい煙や焼却灰等による自然環境の破壊を防止しようとするものである。そうすると、新条例による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制が廃棄物処理法が目的とする廃棄物の処理を通じて生活環境の保全を図るという観点を全く含んでいないことは明らかであり、また、産業廃棄物の処理施設に起因する環境悪化の防止という点において廃棄物処理法一五条による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制と共通点を有するものの、新条例は、もっぱら自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争の予防という観点から、条例上の産業廃棄物処理施設の設置等の抑止を図っているのに対し、廃棄物処理法は、法上の産業廃棄物処理施設に起因する生活環境の悪化を防止するという要請との調和を保ちつつ右処理施設による産業廃棄物の処理を通じて生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという法目的の実現を図っているものというべきである。

以上のとおり、新条例による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制と廃棄物処理法による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制とは、その目的を異にすることになる。

4  もっとも、一般にある事項についてこれを規律する国の法令と条例が併存する場合で、しかも条例が国の法令とは別の目的に基づく規律を意図している場合であっても、その適用によって国の法令の規定の意図する目的と効果を阻害するときには、かかる条例の規定は国の法令に反し、その効力を有しないものと解すべきであることはいうまでもない(最高裁大法廷昭和五〇年九月一〇日判決、刑集二九巻八号四八九頁参照)。そこで、すすんで、新条例七条及び八条の適用により、廃棄物処理法の意図する目的と効果を阻害することになるか否かについて検討する。

まず、前判示のとおり、そもそも廃棄物処理法一五条による法上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制は、右処理施設に起因する環境悪化の防止という要請との調和を保ちつつ右処理施設による産業廃棄物の処理を通じて生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという目的に出たものであるのに対し、新条例七条及び八条による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制は、もっぱら自然環境の保全及び自然環境に係る事業者と市民の間の紛争を予防する観点から一般的に産業廃棄物の処理施設の設置等の抑止を図るものであるから、その目的の貫徹を図ろうとする限りにおいて、必然的に同法の法目的の実現が阻害される関係にあることは明らかというべきである。

次に、廃棄物処理法一五条と新条例七条及び八条の規定する各規制の内容をみると、同法一五条による規制においては、規制の対象となる法上の産業廃棄物処理施設は政令で定めるものに限定され(同法一二条五項、同法施行令七条参照)、右産業廃棄物処理施設が前記厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合しないことが、その設置等に係る計画の変更又は廃止を命じるための要件として規定されている(同法一五条二項)。これに対し、新条例七条及び八条に基づく規制においては、新条例施行規則(平成三年宗像市規則第一三号。〈書証番号略〉)により規制の対象と規定されている条例上の産業廃棄物処理施設の範囲が、同法が規制の対象としている法上の産業廃棄物処理施設の範囲にとどまらず、同法が規制の対象としていない規制外処理施設についてまで拡大されているのみならず(同規則附則二、別表第一の二参照)、その設置等に係る計画の変更又は廃止の指導・勧告の要件についても、総理府令や厚生省令で定める技術上の基準といった客観的なものではなく、「自然環境の保全又は紛争の予防を図るための措置が必要であると認めるとき」というその認定に極めて広範な裁量を認める余地のある文言で規定されており、しかも、被告において右要件の運用基準等を定めたものがいまだ存しないことは、前記一2(二)において認定したとおりである。すなわち、新条例は、同法が規制の対象としていない規制外処理施設をも条例上の産業廃棄物処理施設として規制の対象に取り入れた上で、「自然環境の保全又は紛争の予防を図るための措置が必要であると認めるとき」という要件の下にその設置等に係る計画の変更又は廃止の指導・勧告を罰則の制裁を伴って規定しているのであるから、その適用いかんによっては産業廃棄物の処理施設による産業廃棄物の処理を通じて生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るという同法の目的を阻害することになるものというべきである。

もっとも、同法一五条が、産業廃棄物の処理施設の設置等による同法の法目的の実現と施設に起因する生活環境の悪化の防止の要請との調整をすべて国の専管事務とし、地方公共団体が地域の自然的社会的諸条件に応じて異なった規制を施す余地を一切認めない趣旨までを規定したものと解すべきか否かについては、さらに検討を要するところといわなければならない。そこで、考えるに、産業廃棄物の処理施設が一般に自然環境に深刻な影響を及ぼす危険を有しており、しかもその影響の程度、内容が地域によって異なり得ることに鑑みれば、規制外処理施設といえどもその設置等により著しい自然環境の破壊を生じる具体的な危険が存し、かつ、右環境破壊について市民と事業者との間に深刻な紛争を生じるおそれがある場合等には、地方公共団体が、かかる事態を防止するため、条例でもって規制外処理施設の設置等に関し同法一五条に規定するのと同様の規制を施すことも同法の趣旨に反するものではないと解する余地もなくはないように思われる。そこで、新条例八条の「自然環境の保全又は紛争の予防を図るための措置が必要であると認めるとき」の文言を、一般人の立場から読み取れる範囲内で、右の趣旨、すなわち、「著しく自然環境を破壊する具体的危険があり、かつ、極めて深刻な紛争を生ずるおそれがある場合」等に限って規制を施す趣旨のものであるという具合に合理的な限定解釈を行い得るかについて検討するに、右要件の文言及び新条例の関連規定などをみても「自然環境の保全」や「紛争の予防」といった抽象的な文言以外に合理的限定解釈を行うための文言上の手掛かりは見出せず、他に合理的限定解釈を行う指針となるべきものを見出すこともできないから、新条例に右のような合理的限定解釈は行い得ないと解するのが相当である。

5  そうであるとすれば、結局、新条例七条及び八条による条例上の産業廃棄物処理施設の設置等に対する規制は、その適用によって廃棄物処理法一五条による規制の法目的と効果を阻害するものというほかないから、新条例七条及び八条の規定は、同法に違反するものとしてその効力を有しないものと断ぜざるを得ないことになる。

六結論

以上のとおり、新条例七条及び八条は、廃棄物処理法に違反するものとしてその効力を有しないものであるから、被告が右各条に基づいてした本件処分は、その余の点について判断するまでもなく、無効といわなければならない。

(裁判長裁判官中山弘幸 裁判官西川知一郎 裁判官鈴木博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例